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新型コロナウイルス対応製品の開発でも使われる?! バクテリオファージとは何?

NITEバイオテクノロジーセンターの藤田です。

製品開発の現場では、培養が難しいウイルスなどについて代わりとなるウイルス(代替ウイルス)が使われることがあります。

今回紹介する「バクテリオファージ」もその一つ。インフルエンザなどの代替ウイルスでもあり、また最近では新型コロナウイルス感染拡大に伴うウイルス対応関連の製品開発に使用されています。このバクテリオファージについて、ちょっと詳しく紹介していきましょう。


細菌を食べるウイルス?

バクテリオファージとはウイルスの一種。
名前の由来は「細菌(bacteria)を食べるもの(ギリシア語:phagos)」。その名のとおり、細菌(バクテリア)を宿主としています。つまりバクテリオファージとは、バクテリアに感染するウイルスなのです。

バクテリオファージは、単にファージと呼ぶこともあり、ここでも以下ファージと呼んでいきましょう。

ファージの種類は多種多様

一口にファージとは言っても、さまざまに分類されます。

①形態 … どのような形か、膜があるかないか
②ゲノムを構成している核酸の種類 … 二本鎖DNA、一本鎖DNA、二本鎖RNA、一本鎖RNA

また、そのライフサイクルが違うものもあります。
例えば、よく知られた「ラムダファージ」というファージは宿主の染色体に入り込むことができますが、「T4ファージ」は宿主を溶かしてしまいます。

ファージはウイルス。ですから、増えるためには宿主が必要ですし、宿主となる細菌がいる環境にはどこにでもファージは存在します。

T4ファージの模型


ファージに関する研究から生じたもの

現在の生物学が発展するに当たって欠かせないのがモデル生物です。モデル生物は、大雑把に言い表すなら、実験しやすい便利な特徴をもった特定の生物のこと。
ファージもモデル生物として、宿主を含め、生物学、特に遺伝学や分子生物学分野の発展に貢献しています。
以下には、専門的な用語も交じっていますが、5つの例を採り上げてみました。

1)PCRが発明される前は、遺伝子組換えのために細胞外でDNAを操作する手段として、DNAを切断する制限酵素はなくてはならないものでした。制限酵素はファージと宿主の研究から発見されました。制限酵素は、宿主細胞内に侵入したファージなどの外来核酸を切断する宿主の免疫機構の1つです。

2)溶原化ファージの一部は宿主のゲノムの断片を取り込むことがあります。次に感染させた別の宿主の染色体にその断片を移行することで宿主の形質を変更する技術を形質導入と呼びます。現在広く使用されているコンピテントセルを使用した形質転換技術が確立する前には重要な技術でした。

3)一般によく使用されているベクター上のプロモーターなどの有用配列の多くはファージ由来です。

4)全ゲノムをランダムに複製・増幅し、1細胞のゲノムDNAでもシーケンスを可能にしたGenomiPhiTM技術はファージ由来の酵素を使用しています。

5)2020年にノーベル化学賞を受賞した2名の研究者が確立したCRISPR/Cas9技術は、制限酵素と同じく、細菌やアーキアの細胞内に侵入したファージの核酸を切断するという宿主の免疫機構として発見されたものです。


ファージを治療に利用する「ファージセラピー」

ファージが発見された20世紀初頭は、細菌を殺すことができるファージを「治療に利用しよう」と考えました。そこでファージを利用した治療「ファージセラピー」が研究され、一部は実用化されていました。

ところが、抗生物質が発見され工業的に生産されるようになるとファージセラピーは廃れます。結果、東欧の一部(ジョージア)などで研究や使用が続けられるだけになったのです。

それが、大量の抗生物質の使用により多剤耐性菌が問題となるようになったことから、ファージセラピーが再注目されました。アメリカでは臨床例が増えています。食中毒を起こす、ある菌を除くためのファージ製品として、アメリカ食品医薬品局(FDA)が食品添加物に認めた例もあります。

では、日本ではどうなのでしょうか?
日本の大学ではまずは農林水産業を中心に研究が進んでいます。研究の一端は、ファージ研究会などから垣間見られます。
私たちNITEのバイオテクノロジーセンター「NBRC」にも、家畜ファージセラピー用に取得されたファージが寄託されています(NBRC 110650NBRC 113760)。

しかし、宿主集団にはある頻度でファージに対する耐性を持つ個体が存在するため、ファージセラピーでも耐性菌が問題になってきます。
現在では合成生物学的手法を含め、医療分野でも複数の大学等でファージセラピーの実用化に向けた研究も進んでいます。


ISOやJIS等の規格の抗ウイルス試験に使うファージ

ファージは、ISOやJISなどの規格の抗ウイルス試験にて、インフルエンザなどの代替ウイルスとして規定されています。
規定されたファージについては以下のページから確認できます。

「JIS・薬局方・ISO等 規格指定リスト」
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/nbrc/use/specialset.html
※規格によってはNBRC株が規定されているものと、同等株(由来が同じ株)が規定されているものもありますのでご注意ください。

規定されているファージは少なく、ほぼ3種(MS2 [NBRC 102619], Qβ [NBRC 20012],φX174 [NBRC 103405])に限られます。

ファージと言うと、上の画像にも紹介したような特徴的な形を思い浮かべる方もいると思いますが、ここで規定されているこれらのファージは、ウイルスによくあるような正二十面体をしています。この3種は直径が26 nm(ナノメートル・1mの10億分が1nm)。MS2やQβは核酸がRNAで、φX174はDNAという違いがあります。

これら3種のファージに加えて、規格には規定されていませんが、φ6(NBRC 105899)が2020年には特に需要が伸びました。φ6は同様の構造を持つインフルエンザウイルスやコロナウイルスの代替として選ばれていたようです(Fedorenko et al. (2020). Sci. Rep. 10, 22419.)

ファージを選ぶポイントについて述べることは難しいのですが、構造と核酸の種類で選択されていると思われます。


NITEが公開しているDBRP(生物資源データプラットフォーム)では、ファージについての情報も盛りだくさんです。
「phage」(ファージ)とフリーワード検索をしてみると、株情報だけでなく関連する文献情報や特性まですぐに出てきますよ。
ぜひご活用下さい。


https://www.nite.go.jp/nbrc/dbrp/top

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